4:中心都市、白都

 白都の町は、確かに広かった。上から見たときは町並みばかりに気をとられていたが、実際降りてみると道幅も広い。城から放射状にのびる大通りなど、四十メータほどの道幅があり、その両側にびっちりと店が並んでいる。そして道路の中央部分に露店が両側を向いて立てられていた。あちこちの屋台から、何か焼いている香ばしい匂いやフルーツの香りが漂ってくる。
「あの露店は夜になるときれいに店をたたむんです。
 ですから、人通りがへるのと相まって、かなり通りが広くみえますよ」
 ローゼが片手でミコの手を引き、街の説明をしてくれる。
 あまりに人が多くて、そうしていないとはぐれてしまいそうなのだ。
「こういった大きな通りは見ての通り白灰の混じったレンガがしいてあります。白都のように町全体に行き渡っているところはそうそう無いんですよ」
 確かに足下は、白っぽい黄土色のレンガで固められていた。ところどころレンガの濃淡を使って、模様にしてある箇所もある。
「ねえ、あそこあそこ!
 フルーツがおいしいんだよう。特にベリーがちゃんと冷やしてあるのよぅ!
 もう、ローゼってばどうでもいいことばっかりしゃべって。ダメだよう。まだ氷菓子もたべてないっていうのに」
 ミコの肩に乗ったルビーが叫ぶ。ルビーなどそうしていないと、あっという間に踏まれてしまいそうだ。
「氷菓子? ええと、かき氷みたいな?」
「かきごおりって? まあ、食べて比べてみたらいいよう」
 にひひ、とルビーが笑う。
 はじめにルビーが指さしたのは、露店の果物屋だった。竹のような素材で編んだかごに色とりどりの果物が並べてある。キウイに似たものやパッションフルーツにみえるもの、それからこぶし大のブルーベリーのようなもの。あとは紫色の光っているりんご、とげのはえたオレンジ、水玉模様のちいさなスイカなど見たことのないものばかりだ。どれも色が濃いのが特徴だろうか。熟れた果物の甘い香りが、ふわりとする。
 かごにはミコには読めない文字で、果物の名前と値段が書いてあった。
「おばちゃん、ミュウベリー二人分!
 うんと冷えてるやつね」
 ルビーが大声で叫ぶ。
「あいよ。今ちょうど新しい氷入れたばっかだから、よく冷えてるよ」
 少し太めの中年女性が、笑い返して後ろのかめをのそきこんだ。中には水と色とりどりのフルーツ、それから氷の固まりが入っている。
「あのね、ミコ。あの氷の中にベリーが入ってるんだ。水と一緒に凍らせてあるの。だから一番冷えてておいしいんだよう」
 胸をはって、ルビーが教えてくれる。
「本当に、市場のことはルビーに聞くのが一番ね。一体どれだけ城を抜け出してるのかしら?」
 笑顔でローゼが肩をすくめた。
「ひみつぅ〜」
 ルビーはにひひ、と笑うと、受け取ったミュウベリーをひとつ、両手で口の中いっぱいに押し込む。ミコも真似て、氷った小さなベリーをつまんで、口に入れた。甘酸っぱい果汁がすぐに溶けて、口の中に広がる。
「そういえば凍らせてって、冷蔵庫とかがあるんですか?」
「れいぞこ? どんなひと?」
「違うの。ええと、物を冷やす機械で、氷を作ったりもできるんですけど」
「うーん、機械都市のスルツならあるかもしれないけれど、白都にはそういう物はないわね。
 大抵、精霊屋に頼んでしまうわ」
「精霊屋……ですか?」
 ローゼとそれからルビーの話によると、精霊屋と呼ばれる、精霊と契約を結んだ人々
(他種族の場合もある)がおり、自分の使える精霊の種類を看板で出すそうだ。やはり重宝されるのは水・氷・火などの生活に密着したものだとか。
 精霊といわれても、ミコにはピンとこないが、考えていたよりも身近な物のようだ。
「私、もっとこう、攻撃とか、回復魔法みたいなのかと思ってました」
「攻撃なんかして、どうするのぅ?」
「精霊魔法は、そこに在る存在の力を借り受けるだけなんです。もともと精霊は穏和ですから、人を傷つけるのは嫌がりますわ。ですから攻撃は難しいですわね。
 それに、魂在る物には精霊は宿らないと言われていますから、人の体を治すための精霊は、残念ながらありませんわ。魔法使いが使う呪文なら攻撃用もありますけれど」
 そういって、ローゼが精霊使いと魔法使いの違いを説明してはくれたものの、ミコにはさっぱりわからなかった。そのうちに、飽きたルビーがまた違う店を指さす。
「光黄亭だよう。ムクート食べよう、ムクート!」
 しっとりしたビスケット生地を、小さなマフィンのように焼いてあるそのお菓子は、確かにすごくおいしかった。メロンパンの上のビスケット地だけ、そういった歯ごたえと味で、中にとろりとした果汁
(マンゴーみたいだった)が入っている。
「んね、おいしいでしょ。あのね、あっちの氷菓子も!」
 ほっぺたがふくらむほど口いっぱいにほおばったムクートを飲み下して、ルビーが次の店を力強く指差した。二人は人波におぼれるようにして、次の店を目指して歩いていく。
(ちなみに氷菓子はけずらずに細かく砕いた氷に、ジャムがかけてあるものだった)
 そのようにして六軒ほども回ったところで、さすがにローゼからストップがかかった。
「夕食もあるのに、これ以上食べて回って、いったいどうするつもりなんです。
 ミコ様や私を、あなたと一緒にしないで下さいな」
 そういわれ、日の暮れ始めた町を三人はゆっくりと歩き始めた。もちろんルビーはミコの肩に乗ったまま。
 夕暮れで、白い町がオレンジに染まっていく。
 
 そのまま城へと戻り、スキームを交えた四人で夕食をとった後、ミコは部屋のベッドに倒れ込んだ。
 勧められるままに無理をして料理に手を伸ばしてしまったため、おなかがはち切れそうに苦しい。こんな時に腰布でしばってあるだけというローブは楽だ。ベルトをゆるめるように、結び目を軽くほどいて天井を見上げていた。
(わたし、今朝まで、ううん、夕方まで学校にいたはずなのに……)
 なのに、今はこうして異世界にいる。
 ミコはきれいにたたまれた制服のポケットから、水晶のナイフをとりだして、ランプの炎に透かしてみた。
(これを手に取った時、わたしはこの世界に、スクウィークに来たんだ)
 中には傷もひびも入っていない所を見ると、水晶でなくガラスかもしれない。でもかすかに虹色に光る輝きは、ガラスとも違うように感じる。
 手のひらより長い位の大きさなのに、それは驚くほど精巧に出来ていた。柄の部分には植物の細かな彫刻がまで入っている。両刃の先端はかなり薄く、ガラスだとしたら簡単に割れてしまいそうだ。けれどナイフはポケットの中で砕けもしなかったし、柄を持って刃を押してみたけれどびくともしない。
 
(魔法のナイフ、なのかな)
 そのままミコはなんの気なしに刃の横に触れた。動かしたつもりもなかったのに、指先にすっと赤い筋が入る。深くはないがあまりに軽く傷が出来たことに驚いた。
 人差し指にはこれっぽっちも抵抗なく、刃が触れた感触すらなく沈みこんでいったのだ。もし、もっと強い力で押していたら、指先が無くなっていたかもしれない。
 そう考えるとぞっとして、ミコはナイフを制服のポケットから取り出したハンカチでくるんでから、枕元に放り投げた。
 それから、ベッドにもどると今日の出来事を思い返してみた。二ヶ月も一緒にいたクラスメイトとは顔を上げて話すことも出来なかったのに、今日初めてあったルビーたちとは自然に笑いあえたのはなんでだろう。
 それにこんなにおなかいっぱいになるまで、前に食べたのはいつだろう、すごく小さい頃だった気がする。健康志向の母は、食べ過ぎも間食も許してくれた覚えはないかった。
 ミコが受験勉強の間は特にそうだった。食べ過ぎると眠くなるからと、夕食を減らして夜食と二回に分けて食べさせられた。そんな思いまでして入った学校だったのに。なにもうまくなんていかなかった。
(ばかみたいだったな)
 自分から笑えば良かった、と少しだけ思う。勉強だけじゃなくて、一日に一度でも笑う練習をして、誰かに笑いかけたなら。もしもルビーみたいに笑えたなら。今日みたいに、誰かに笑顔を返してもらえたのだろうか……。
 そこまで考えたところで、コンコンというノックの音と、ローゼの声が聞こえてきた。
「ミコ様、パール様がお呼びですわ」
 はあい……と短い返事をして、ミコは勢いをつけて身体を起こした。迷ってから、ハンカチで来るんだナイフを腰布の間に押し込み、部屋を出た。
 
 ミコがローゼの後ろについて歩く間、たいまつの明かりが白い廊下や壁に反射してゆらめく影を作っている。
 白い布に埋もれた祈りの間につくと、初めてあったときのようにパールが深々と頭を下げていた。
 後ろにはもちろん、ハスケルが影のようにたっている。
 ルビーはすでに、布の上に腰かけていた。
「ミコ様、白都はいかがでしたか?」
 顔を上げふんわりと微笑んで、パールはミコとルビーに着席をすすめた。昼間に部屋の外で見たパールとは別人のようだ。ずっと大人びた、まるでそう振る舞う必要があるかのように細かな所作だった。
「ええと、人がすごくて……」
「市におりられたそうですから、大勢の人でしたでしょう? わたくしも行ったことはないのですが、ルビーより聞き及んでおりますもの。危ないことなどありませんでした?」
「はい。ローゼさんもいてくれたし、大丈夫でした」
「アタシもいたよう」
 ルビーがあわてて手をあげる。
「そうですね。ルビー、本当にご苦労さまでした」
 それからミコ様、とパールは言葉を続けた。
「……昼間は恥ずかしい振る舞いを見せてしまい、申し訳ありませぬ。実はミコ様をお呼びだてしたのは、お兄さまの言ったことに関係するのです」
「なんでしょう」
 そういいながら、ミコには何となくわかっていた。
 一度、目を伏せてから顔を上げ、次の言葉を待つ。
「ミコ様の黒い髪と瞳のことです。この世界スクウィークに、闇色の髪や瞳のうちどちらか片方を持つ者は、多くはありませんが確かに存在します。けれど、黒き髪と瞳を同時に持つ者はおりませぬ。それは唯一魔女のみと言われています」
 ミコは、じっとパールの銀の瞳を見ながら話を聞いていた。
「けれどミコ様は間違いなくチェンジリング。古き書物に、伝説に、口の端に語られる、世界を渡る救い主です。わたくしはこれを一切疑いませぬ」
 強い口調で、パールは言い切った。それからかすかに美しいまゆを寄せ、ミコを見た。
「けれど、今の白都にはその姿を悪しざまに言う者が居るかもしれませぬ。今はみな、お兄さまのしたことで気が立っているのです。
 それ故、ミコ様をうかつに市井に出してしまった非礼をお詫びいたそうと、こうしてお呼びだてしたのです。
 ……わたくしが短慮でありました」
 ミコは、小さなくちびるから紡がれた言葉に、ぽかんと口を開けた。
 だってそんなこと、予想もしていなかったのだ。きっともう終わりなのだと。他人が優しくしてくれる夢のような時間は終わって、……お前も魔女だ、と言われるのだとばかり思っていた。
「ミコ? ミコ? どうしたの?」
「ミコ様、やはり市で何かありましたか? どうぞおっしゃって下さいませ」
 心配そうに乗り出してくる二つの顔がそこにはあった。
「いいえ、違うんです。何もないんです。ごめんなさい。嫌なことなんて、誰にも何もされなかったんです。街の人達だってみんな優しくて、わたし……」
 いつのまにかうつむいていた顔を上げて、ミコは一息すった。両手をぎゅっと握りしめて、口を開く。
「……私、チェンジリングになります。出来るかわからないけど頑張ってみます。私以外それが出来ないって言うのなら、チェンジリングとして、世界を救う旅に出てみます」
「まあ、ミコ様」
 震えるような小さな声で、でもはっきりとミコは言った。それに驚きパールは声を上げる。
「……わたくし、反省したところですのに。わたくしはお兄さまが居なくなってしまっただけで、こんなにも辛いというのに、わたくしは、自らの都合だけでミコ様を家族から、いいえミコ様の世界そのものから引き離してしまったと。だからわたくし、ミコ様に出来る限りのことをしようと、けして無理強いはするまいと……なのにミコ様……」
「ううん、えらい!
 ミコ!
 前向きだよう。にひひ。旅は楽しいんだよう」
 パールの言葉を最後まで聞かず、ルビーが飛び上がった。”旅にでる”ことがよほど嬉しいらしい。彼女の頭の中ではもちろん自分も一緒に行くことになっていた。
 そんなルビーを見て、パールは深く息を吐いた。
「……わかりました、ミコ様。ありがとうございます。
 もしもミコ様さえ良ければ地竜リスプを探し出し、グングニルで再び魔女を封じて下さいませ。 そうすればきっと、世に平和も戻ることでしょう」
 しかし、と申し訳なさそうに続ける。
「実はグングニルを持っているはずのリスプの居場所は、わたくしにもわからないのです。
 それ故、ミコ様たちは白都の西、緑玉のほとりにいる、【森の魔法使い】をおたずね下さいませ。緑玉は求める物を映すと言われる泉です。きっとミコ様の助けになることでしょう。
 それに、実のところ、ミコ様には魔法使いのところに行ってもらう予定だったんですの。賢者と呼ばれる彼ならば、あるいはチェンジリングが再び世界を渡る方法もご存じかもしれないと、ミコ様をお帰しする手段があるかもしれないと……わたくし……」
 すまなそうな顔をして、パールはほほえんだ。
 その後二人は祈りの間から退出して部屋に戻った。興奮冷めやらない様子のルビーは、くるくると回りながら、自分で作った ”たびはたのしいなのうた”を歌っている。
 しかも、外出の間に用意された様子を見ると、ルビーも同じ部屋で寝るらしい。小さなマクラが隣にあるのを少し不思議に思い、ミコは尋ねた。
「ルビーは、いつもはどこで寝てるの?」
「アタシは自分の部屋をもらってるけど……いろいろかな、ローゼのとことか、フォートラン様のベッドにもぐり込んだこともあるよぅ。一人でねるの、こわいもん」
 くちびるをとがらせた言葉に、思わずくすりと笑った。
「じゃあ、一緒にねよう。……寝てるうちに、つぶしちゃったりしたら、私がこわいけど」
 パジャマの代わり、茶色の薄く編まれたローブに着替えてから、ミコはルビーをすくい上げた。
 見た目よりも柔らかいベッドに二人で倒れ込む。
(怖いって言ったら、一緒に寝てくれる人がいるのって、いいな)
 そんなことを思いながら、疲れていたのかミコはすぐに意識を手放した。

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written by kurage