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5:旅立ちの準備
翌朝、ミコはあふれかえるようにさえずる小鳥の声で起こされた。
まだ半分しか開いていない目でぼんやりと天井を眺める。
(ここはどこ……?)
まぶたと同じように重い頭でゆっくりと昨日のことを思い出し、ようやくここが家ではなく、それどころか昨日までの世界ですらないことに気がついた。
「……夢じゃ、なかったんだ」
ミコがそっと首を回してみると、手足を投げ出して、小さなルビーが寝息を立てている。
ハンカチの布団をはねのけてお腹が出ていたし、大きく開いた口には、ほこりが入りそうだ。
目が覚めても夢ではなく、もう帰れないという寂しさと、今日は学校に行かなくても良いのだという安堵が同時に浮かんできた。いまだに、自分が本当に家に帰りたいのかどうかがわからない。
マクラの上で寝返りを打ったルビーのお腹に、そっと彼女の布団をかけ直し、ミコはそろそろとベッドから身を起こした。
窓から外の景色をながめ、朝日に映える白い町並みを目にして、違う世界にきたのだ、と再び実感する。
日は昇っているし、普段なら朝の勉強の時間だろう。
こんこん、と扉がなった。
「おはようございます。ローゼでございます。ミコ様、起きてらっしゃいますか?」
言葉と共にゆっくりと扉が開いて、優しい笑顔が間からのぞいた
「あら、起きていらっしゃったんですね。お疲れでしょうに、眠れました? ルビーが邪魔などしていないと良いんですけど」
「ローゼさん、おはようございます。ええと、ちゃんと眠れましたから」
こんこん。言葉の最後に音が重なった。
「おはよう、ミコ」
ノックと同時に、笑顔の男の子が扉からのぞく。
六歳くらいで、空色の大きな瞳をしている少年は、扉にかくれるように顔だけを斜めに出している。
さらりとした水色の前髪が、揺れていた。
……まるでなにかを思い出すような、その色。
「ごはん出来てるみたいだよ? ね、ルビーも起こして、早く行こう?」
きょとんと小首をかしげて、下から見上げる姿が、やはり誰かに似ている。
「まあ、スキーム様。レディの部屋をのぞくなんて、いけませんわよ」
あまり怒ってはいない口調でたしなめたローゼの言葉に、ミコはやっと気がつく。
「す、スキーム様? でも昨日は、え……?」
「うん、あらためてよろしくね。あとね、僕のこと、スキームってよんでね。……様って、なんかやだ」
でも誰もそう呼んでくれないから、せめてミコには、と付け加える。
それからにこっと人なつこく笑って、スキームはほっそりとした両手を出した。
どうしていいかわからずに、ミコがとまどっていると
「あ、そっか。わからないよね。握手っていうの」
そういって、向き合ったままきゅっと軽くミコの両手を握った。
「スクウィークでの、仲良くしてねってこと」
「異性同士だと、むやみに触るのは失礼ですから、友好の証にこういったことをするんです。両の手を見せることで攻撃の指輪をはめていないことの証明にもなるんですわ」
ローゼが説明を加えてくれた。
「ほらほら、そんなことよりスキーム様。ミコ様は着替えをなさるんですから、出て行って下さいな。扉の前で待っていて下さればすぐですから」
その言葉に自分がまだパジャマでいたことに気がついて、ミコは赤くなった。
手伝いを申し出たローゼをやんわり断って、すぐにミコは着替えを始めた。昨日解説しながら着せてもらったので、なんとか一人で完成する。簡単なローブを布で止めるだけだからそんなに難しくはなかった。
ミコは扉を開ける前に、迷った末、まだ豪快に眠っているルビーへ、声をかけた。
「ルビー、朝ご飯出来たって、ローゼさん達が呼びに来たよ」
けれど、んむうう、と小さなうめき声がするだけで、ルビーは起きる気配もない。
「無理ですわ。そんなことで目が覚めるルビーじゃございませんもの。このまま持ち上げて運んでいけば、食べ物のにおいで目が覚めますから」
ローゼは微笑むと、ルビーを抱き上げて、エプロンのポケットに入れた。
「さ、参りましょう」
扉を開けると、スキームが退屈そうに脚を投げ出し、廊下の壁にもたれて座っていた。ミコを見て嬉しそうな顔で勢いよく立ち上がる。そのままミコの隣に並んで歩き始めた。
「今日の朝ご飯は料理長が張り切ってたんだ。ミコに食べてもらえるからって。僕も楽しみなんだよ」
にこにこしながら、見上げてくる瞳は髪と同じく、高い空の色だ。
確かに昨日見た小さな竜と同じ色だとミコは納得する。
長い廊下を三人で話しながらゆっくり歩いていき、何カ所も角をおれて、階段を上り、ようやく食堂にたどり着いた。装飾された銀色のテーブルの上に大量の料理がのっている。
昨日の夕食よりは少ないとはいえ、とても朝食の量とはいえないだろう。バイキングのように大皿がずらっと並べてあるのだ。
すでに席に着いたパールが、 「今日も水竜スクウィークの守護がありますように」と挨拶する。その隣には、当然のようにハスケルが座っていた。
香辛料のいい香りが鼻をくすぐる中、勧められた席に着くと、ローゼがフォークとナイフを運んできてくれた。各人の前にセットしてから、ポケットのルビーを取り出し 「ほらルビー、ご飯の時間ですわ。早くしないと片づけてしまいますわよ」とささやいた。
とたんにルビーがローゼの手の中で跳ね起きる。
「はわ、食べる! 食べるよう!」
大きな緋色の瞳をぱちぱちしながら、ルビーはまわりを見渡した。
そこでようやく、自分がすでに食堂にいることに気がついたらしい。
「あ、あれ? おはよう、みんな。……ローゼも、ミコがいるんだからちゃんと起こしてくれたっていいのに!」
そう言ってほっぺたをふくらませた。そのまま、低くしてもらった手からテーブルの上に飛び降りる。
「にひひ……おいしそうだよう」
「ルビーも起きたことですし、皆様もお召し上がり下さいませ」
優雅にパールがほほえんで、食事が始まった。
食事の間もローゼは料理を取り分けたり、飲み物が無くならないように気を配ったりと忙しい。
「はい、ミコ、これもおいしいよ」
その分隣のスキームがミコに話しかけてくれて、不思議な感覚でミコは朝食をとった。
昨日もそうだったけれど、ご飯を食べるときに、他人が一緒なのはなんだか不思議で仕方ない。ずっと自分に縁がないと思っていた輪の中にいるんだ。
朝食が済んで、一度部屋に戻っていると、ローゼが扉をたたいて申し訳なさそうに顔をのぞかせた。
後ろにはスキームの姿も見える。ローゼが言いにくそうに口を開いた。
「ミコ様の旅のことについてなのですが、……明日の朝にお発ちいただくことに決まりました」
パール様はもう少し後にとおっしゃったのですが、重臣達に一刻も早くフォートランを取り戻すべきとの意見が強くて、……それにしたって、あまりに急ですわ。そういって眉をひそめる。
「うーん、急がせちゃうみたいで、ごめんね」とスキームが口を挟み、ローゼがあとをつないだ。
「ミコ様には、最後の幸運妖精と言われるルビー=フォレッティと、白都の守護竜が一人、風竜スキームの二人を連れて旅立っていただきます。
パール様は供をつけることを主張なさったんですが、人数が多くなれば目立ちますし、ともかくグングニルの場所がわかった時点で人を集めることも出来ますから。それに、緑玉の入り口までは馬車でお送りすることになっていますわ」
「急なことだから、今日は一日、ミコたちも大忙しだよ?」
その言葉通り、ミコはスキーム達が帰るなり採寸係にさんざん身体のサイズを測られ、それが終わるとこの世界スクウィークの講義を受けるために呼び出された。
ルビーは街に食べ納めにいくのだと言って、とっくに姿を消している。
ローゼについて行った会議室のような部屋には色々な資料が置いてあった。その中から地図を取り出したり、持って行く道具の実際の使い方を説明してくれる。
もう一時間以上講義が続き、ミコはすっかり、くたくただ。
そんなミコにお構いなくローゼは机の上から小さな指輪を取り上げた。
「……それからミコ様、こちらがスペルリング。
光明(ライト)と飛行(フライ)それからハスケル様の力を込めた神雷(サンダー)になります。
スペルリングは精霊使いや魔法使いが宝石に魔力を込めた物です。”カオスワード”によって込められた力を解放し、使い切れば効果が無くなりますが、最上級の物を用意いたしましたので、旅の間は持つと思います。
どれも高価な物ですので、無くさないように……というよりは他人になるべく見られないようにご注意下さいませ。物盗りに狙われないとも限りません。特に、ハスケル様の神雷(サンダー)は正に”神成る力”。一般の人に渡ることはまずあり得ませんわ。くれぐれも使い方にはご注意下さいませ」
そういって、三つの指輪を見せた。どれもシンプルなデザインだが、かすかに宝石の部分が光っている。特に明るい輝きを持つ物が神雷だと教えてくれた。
ローゼは次に小さなペンダントをとり出してくる。竜の彫り物があしらわれた丸い物で、プラチナのように白銀に輝いていた。直径は十センチほど、所々透かし彫りになっている、とても凝ったデザインだ。
「ミコ様はスキーム様と一緒にいれば、どこでも大切な客人としてもてなしてくれますわ。
スクウィークでは、竜は神聖至高の生き物、最強の伝説として、神格化されていますから。
人以外でも、種族を問わず大部分が竜信仰です。
それでも、もしもスキーム様とはぐれてしまったときには、この紋章白都王家の紋章で身分を示してくださいませ」
神聖、最強の…、そういわれて、ミコはとなりのスキームをそっと見た。
目があって、空色の瞳でいたずらっぽく微笑まれ、あわてて目をそらす。
「まあ確かに、スキーム様の姿では説得力はうすいですけれど、その名前はをしらない者はいませんし。
その髪と目の色で……竜の姿になれば絶対に信じてもらえますから大丈夫ですわ」
ローゼも苦笑してスキームを見る。
「そうだよね、兄様達ならともかく、僕だと全然怖くないものね。……ずっと竜の姿でいた方がいいのかな?」
首をかしげ、まじめな顔でスキームがうなずいた。
その後も通貨の単位や、路銀の細かな使い方、挨拶の方法や、気をつけなければいけない種族、スペルリングそれぞれの効果や使い方、宿の取り方、その他細かい注意。それから白都を支える伝説についての話をしてくれた。
おとぎ話みたいな物ですけどね、と言いながら。
『かつて世界に動乱あり。【黒き災い】、人々を惑わし、世界を欲す。
かの魔女のため、国は乱れ、人は争い、世が絶望の果てにありし時、五竜を従え、白き英雄フォートラン現る。
雷の王・雷竜ハスケル、暗雲をはらし、大地を統べる者・地竜リスプ、争いを治め、焼き尽くす者・火竜パスカル、不浄を消し去り、これらを持つフォートラン、瞬く間に国々をまとめ上げ、長き戦いの末、黒き災いを封じん。
【繋ぎ止める物】グングニル、永劫に魔女を貫き、世に平和戻りぬ。』
朗々と歌うように言葉を紡ぎ、ローゼはスキームを見た。
つられてミコも視線を移す。
きょとんと、スキームは二人を見返した。
「なあに?」
「いいんですけどね……スキーム様も、いいえ誰に聞いても本当のことは教えて下さらないんですもの。おとぎ話に出てくる張本人ですのに」
ため息をついて、それから髪の色と瞳の色、肌の色と種族についての話を始めた。
肌の色は、ミコが知っている他には森人の緑やマーメイドの一部に青がいるくらいで、そんなにバリエーションは無いそうだ。種族に関しては、基本的には人・亜人型 (耳のとがったエルフやトカゲ人間のリザードマン、地底を好むドワーフなど)、それに言葉と社会・文化を持つ獣型 (翼の生えた馬や二足歩行の猫それに一部動物)の二種に分類されるそうだ。
「髪色と瞳色はそれぞれ限りなくありますが、大事なのはその二つがいかに似た色を持つか、です。
両の瞳と髪が同じ色を持つと言うことは、力ある者の証なんです。
これは、どの種族でも同じですから……ミコ様とスキーム様、ルビーの三人が歩いていたら、非常に目立つでしょうね」
そんな風にして、ローゼの講義は昼食を挟んでも延々と続き、ミコが解放されたのは夕食を食べ終わった後だった。
スキームには知っていることばかりだっただろうが、にこにこして一緒になって教えてくれ、結局最後までつきあってくれた。
「忙しかったかもしれないのに……良かったのかな」
「スキーム様なんて、絶対忙しくないよう! いつも、そのへんうろうろしてるだけだもの。ミコと一緒にいられて、よかったって!」
またしても勧められると断れず、ぱんぱんになったおなかを抱えてルビーとふたりベッドに倒れ込んでいると、何度目になるだろう、コンコンとノックの音が聞こえた。
「はい、何でしょうか」
あわてて起きあがると、ローゼが数着の服をかかえて部屋に入ってきた。
「旅のための衣装ができあがりましたので、一度お試し下さいな。ルビーも服を新調しましたから」
今朝採寸して、その日のうちにできあがった服……ベストや防寒用のマントなど、何着もの試着を繰り返して、ようやく嵐のような一時が過ぎたころには、大分時間がたっていた。
そのままローゼに湯殿に案内され、一人で出来ますから、と必死で世話を断ってミコはお風呂に入った。
ルビーも当然のようについてきて、隣で洗面器の湯船に入っている。
浴室も白のタイルで統一されていた。自宅にはけしてないような、五畳分ほどの広いお風呂だ。
ミコは縁に腕をついて、お湯に何度も潜って遊んでいるルビーを眺める。
長い髪の毛広がって、きれいだな。そう思い、自分の髪に手を伸ばした。
黒いおかっぱ。小学校のころからずっと長さは変わっていない。いじめっ子に掴まれないようになるべく短くしたかったのだが、母は、女の子だからとショートカットにするのは許してくれなかった。
「のばしてみようかな……」
小声でつぶやく。思うだけでなく、口に出してみると、何となく出来そうな気がしてきた。
ルビーが言っていたことは、案外本当なのかもしれない。
「のばしてみよう」
そう決めて、口に出す。
そのとき、ぶはあっ、とルビーが洗面器から顔を出した。目があうと、にかりと笑った。
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written by kurage
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