3:裏切りの正統者

 ミコに用意された部屋も、祈りの間も、城の一番上の方にあるため、街に出るにはかなりの高さを下ることになる。階段を下りながら、果物の話、それからルビーの好きな焼き菓子”ムクート”の話で盛り上がっていたところ、いきなり振動が伝わってきた。
「きゃあきゃあ、なに?!」
「ミコさま、伏せて下さい!」
 ルビーが叫ぶと同時に、ローゼは、覆いかぶさるようにミコを引き倒した。
 地震のような揺れと、同時にどごおおおおん、という大きな音が体を揺する。天井からは、ぱらぱらと白い壁の一部がはがれて落ちてきた。
 お城が壊れる…ということはないのだろうけど、それでも恐怖を感じてミコは体を硬くした。そこにローゼの声が重なる。
「ごめんなさい、ミコ様。ローゼは用事ができてしまいました。すぐに戻って参ります故、ミコ様はここでお待ちください。ああ、いえでも。……いいえ、ミコ様、そう。もしも魔女をその目で見たいとお思いなら、ついてきて下さいませ」
 かたい顔で一方的に言い残すと、ローゼは身をひるがえして、階段を駆け上っていった。灰色のスカートのすそをひるがえして、驚くほど早い。
「ねえ、ミコ、アタシたちも行こうよ」
 靴下をを引っ張るようにして見上げてきたルビーに、あいまいにミコはうなずいた。とたんにルビーは走り出す。よじ登るように一段一段を乗り越えるルビーを見ると、思わず笑ってしまった。
「ルビーさん……良かったら肩に乗る?」
「いいの? ありがと」
 本当はそう言ってくれるの、待ってたりして。それからアタシのことはルビーで良いよう。そう話すルビーをすくい上げて、ミコは早足で階段を上っていった。
 魔女を見たいなら、といわれた時は、反射的に嫌だと思ったけれど、実際はよくわからない。魔女なんて一度も見たことがないから、ミコには現実味がないのだ。
「ローゼがあれだけあわててたってことは、きっとまたフォートラン様がきてるんだよぅ!
 ミコ、さっき行ったバルコニーわかる?」
 わかるも何も、バルコニーは階段をひたすら上り続けるだけだ。息を切らしながらも、ミコがそこにたどり着いたとき、感じたのは先ほどと同じ、風だった。
 ただし、先ほどより圧倒的に強く、重みを持った風だ。
 威圧感とはこのことだろうか。
 バルコニーの目と鼻の先には、緋色の竜が、羽ばたいていた。
 先ほど部屋で見たスキームなどとは比べものにならない大きさだ。六メータほど……いや、長くのびたしっぽを入れるともっとある。両翼も力強く空をうち、スキームを見ていなければ、翼のみで飛んでいると勘違いするだろう。
 そして太くて堅そうなかぎ爪、閉じた口からでものぞく鋭い歯。冷たく光る鱗。すべて紅で統一されていた。ルビーの赤が火の色だとするなら、黒を含んだこの赤は、まさに血の色だった。陽光を反射して、うろこがぬらりと光る。
 そして何よりも、不機嫌そうな金色の瞳が、するどく前を見据えていた。
 自分より圧倒的な存在の前に立った時の恐怖を、ミコは初めて知った。あの竜ににらまれただけで、自分は”消えてしまう”のではないかと本気で感じる。歯がなる、というよりも細胞の一つ一つが凍ってしまったような感覚だった。
「ぴぎゃぎゃ?」
 ふと、固まった視界の前に青い陰が割り込んできた。鼻に何度か暖かい息がかかって、ミコはようやく、それがスキームだと気がついた。
「きゃ……」
 あわてて顔を離すと、心配そうにスキームのぞき込んでいた。
 小さい翼が、ぱたたたとやる気なさそうに羽ばたいているところをみると、やはり不思議な力で飛んでいるのだろう。
「ミコぉ、だいじょうぶ?」
 肩の上からはルビーの声がして、ようやくミコはうなずいた。
「うん、大丈夫。……ちょっと、びっくりしただけだから」
 それをきいてスキームも安心したのか、空中で向きを変えて緋色の竜と向き合った。
「まあねえ、パスカル様ってば、怖いもんね。特にこの姿だとね。あ、でも人間の姿としてるときはね、すんごいかっこいいんだから」
 うんうんと自分の発言にルビーがうなずく。
 スキームは微妙に首をかしげていたが。
 二人のやりとりに冷静になって見てみると、緋色の竜……パスカルが見つめているのはこちらではなく、腕にパールを抱いたハスケルだ。静かな威圧感が二人の間に漂っているのがわかる。
 そしてパスカルの背には、二人の人間がのっていた。
 銀髪をきらめかせた青年が、黒い髪と目をした幼い少女を後ろから支えている。その顔立ちと髪の色のせいで、一目でフォートランだとわかる。悲しげな目線の先には妹……パールの姿が映っていた。
 ちらり、と髪と同じ銀の瞳をミコに向けてから、フォートランは話し始めた。
「パール、チェンジリングを呼んだのか。なんて馬鹿なことを」
「馬鹿なのは、お兄様です!」
「……パール、魔女は、災厄などではないんだよ。確かに世界を救うのはチェンジリングだと言われてはいる。けれど、彼女を殺すことは、この私がけして許さない。
 私たちは、祖王の過ちを正さなくてはならない。一人の少女を槍で貫き続けることが、どうして正義だというんだ。どうして世界を救うというのだ」
「お兄さまは魔女にだまされているのです!
 なぜグングニルを抜いたのです!
 あれは魔女を封じ、世の安寧を保つための槍!
 そのせいで、お兄さまは人を裏切ったと言われているのをご存じなのですか?
 白都が、わたくしが近隣からどのように責められているのかご存じなのですか?
 それに、お兄さまが正義だというなら、なぜ村を襲うのです。魔女と一緒に人々を苦しめるのです!
 その女が、魔女が、そんなに大事なのですか?!」
「そうだ。大事だよ」
 静かに言ったフォートランに、パールは目を見開いて、くちびるを噛む。
「……村をおそっているのは、すまないと思う。ただ私は地竜・リスプを探しているだけなのだ。あの魔女の心を持って逃げた裏切り者の場所を。
 私はやつから、彼女の心を取り戻さなくてはならない。それが彼女に痛みを強いてきた、フォートランの償いなのだ」
「お兄さまっ!」
「いい子だから、パール。リスプを、魔女を守るはずの竜の居場所を教えてほしい。お前は都を、世界を守るため、そうする義務があるはずだよ?」
 そっと、愛おしげにフォートランは前に座る魔女の黒髪をなでた。
 少女はパールと々くらいの年に見えた。その顔は欠片も表情を動かさず、闇色の瞳で虚空を、どこか遠くを見ている。動いているのは風にたなびく長い髪だけで、だらりと動かない白い指には髪と同じ漆黒の指輪をはめていた。
「お兄さま……、リスプは裏切り者などではありませぬ」
 顔を上げ、強い口調でパールが反論する。
「祖王フォートラン様とともに、グングニルを持って魔女を封じ、その眠りを守ってきた地竜。お兄さまが魔女に踊らされてグングニルを抜いた今は、魔女の心を封じたグングニルを魔女より遠ざけているのです。世界を、魔女より守るために。それを裏切り者呼ばわりなどと……、お兄さま、裏切りはどちらなのです!」
 上半身を乗り出すようにして、パールは叫ぶ。その身体が落ちないようハスケルは無言でパールを抱え直し、主の瞳ににじんだ涙をそっと拭った。
 フォートランもそっと魔女を抱きなおすと、反論する。
「いいや、五竜はそれぞれ自ら選んだ主に使えるもの。水竜は世界に。雷竜は祈りの王女に。火竜はフォートランに。風竜のスキームはいまだ幼い故、主を持たないが、それでも白都を守護している。
 地竜リスプは本来魔女を守る者。魔女こそが彼の主なのだ。それが何故、彼女の心を奪う権利があるというのだ」
 いつまでも不毛な言い合いを続ける兄弟。それぞれに仕える竜も、主の言い合いに口をはさむ気は無いらしい。後ろにならぶルビーやスキームも同様だ。
 その中で唯一、腰に両手を当てて、毅然と声を上げた者が居た。
「フォートラン様、いい加減になさいませ!」
 風に茶色い髪をなびかせて、ローゼが言い放つ。
「パール様を泣かせるなど、兄の風上にも置けませぬ。パール様をお守りするを亡き母上と約束したのをお忘れですか!
 ましてやこの国を継ぐ王として、たった一人の妹君と喧嘩をなさるなどと、ローゼは幼なじみとして、悲しゅうございます!」
 フォートランは、気まずそうにローゼを見た。痛い所をつかれたらしい。
「……私は喧嘩をしているつもりはないぞ。ともかく、パール、リスプの居場所を教えてもらおうか」
「わたくしは、そのような魔女に教えることなどありませぬ!」
 口をとがらせ横を向いたパールに、フォートランも火竜を動かして後ろを向く。大きな風が巻き起こった中、背を向けたままつぶやいた。
「ならば探すまでだ。……パール。魔女を疎むお前が、チェンジリングを呼ぶとはな。その髪と瞳の意味を、良く考えるがいい」
 そのまま高い空に向かって、魔女をしっかりと抱いたままフォートランは火竜をかる。紅色が点になり、空に溶けて消えるまで長くはかからなかった。
(わたしの……髪と瞳……?)
 思わずミコは自分の髪を見る。先ほど見た魔女と同じ、黒い髪を。
「あのね、気にすることなんか、ないよう」
 ルビーが満面の笑みで断言する。
「フォートラン様ってば、またローゼに怒られたから、いじわるゆってるだけだよ。くふふ、昔からローゼにはそうなんだ。ローゼが一番強いんだよぅ」
 くちびるをかんで、兄が去った空を見つめていたパールだが、白い袖で涙をぬぐうと笑顔でミコを振り向いた。
「その……、ミコ様、恥ずかしいところをお見せしてしまいました。わたくし、いつもはこんなではありませんのよ。ええと、ええ、お兄さまが、あんなことになって動転しているんですわ。忘れて下さるとうれしいです、けど……」
 今までの自分の姿を思い出したのか、その顔がだんだん赤くなってくる。
「ミコ様、お見苦しいことがございましたが、ごゆるりと白都を見て下さいませ」
 そう言い残し、パールはハスケルに抱えられ、あわてて階段を下っていった。
 取り残されたミコとルビー、ローゼは顔を見合わせて、くすりと笑う。
「さあ、ミコ様。今度こそ私のおすすめの店をご案内いたしますわ」
「あ、光黄亭のムクートは絶対だからね!
 もうもう、おいしいんだよう」
「よろしくお願いします」
 ミコは階段を下る前に見回したが、いつのまにかスキームは姿を消していた。
 今度は笑い声が途絶えることなく、三人は長い階段を下りていった。

 back  top   next

 

written by kurage