|
「くそっ」 きゅるるるるっ、という甲高い音とともに、カーブをかなり乱暴に曲がり、高速を降りる。 大河から連絡があったのは五分前。 まさか、学校で襲撃をかけるとは。 (手を打つのが遅すぎた) 確かに十分予想できることだったのだ。 市街地からは外れた、閉鎖された空間。 しかも県立高校。地元の県議とつながりの深いこの地なら、握りつぶすには最適の場所ではないか。 (市内にいたのがまだ救いだったな……!) 反対車線を160q/hオーバで疾走し、交通規制をかけている警察官を圧倒的なスピードで突破しながら、アキラは考える。 つい一時間前までは、ここから北西に五十キロほどのところにある、奈古野市にいたのだ。用事を済ませた後に、港区にある事務所によったタイムロスが痛かった。 「大河っ、俺がいくまで時間を稼げ。輸送用の車があるはずだ! 壊せ!」 開きっぱなしになっている回線に向かって怒鳴る。 それでとりあえずの時間稼ぎにはなるはずだ。 (ええいっ、あの馬鹿は何をしている!) 大河とともに尾行を命じておいたはずの、図体がでかいばかりで役に立たない弟に毒づくと、アキラは、さらにアクセルを踏み込む。 ……そしてその一方、大河は途方に暮れていた。 大きな体を何とか丸めて茂みの中に押し込み、頭を抱えている。 ここ数日、『さつきさん』の匂いをたどり、ずっとついて歩いていたのだが、学校でいきなりおそってきた人達がいるのだ。 あの装備、格好、薬品と機械の、そして何より間違えようもない、あの男の匂い。 ずっと、近くであの男の匂いはしていたのだけれど、 この学校には『祭さん』がいるから、だから『国後さん』の匂いがしても、おかしいなんて思わなかったのだ。 (お、怒られちゃいます……) 事実、泣き笑いでアキラに連絡をいれたとき、アキラの第一声は 「…こ、の、大馬鹿者っ!」だった。 その後一気に怒鳴られて、何故か、いない雄飛君の分まで怒鳴られて、 「あうううぅ〜……、ど、どれが輸送用なんでしょう……」 茂みから、ともかく周りを見回してみる。 乱暴に校舎に横付けされた車が四台あるのだが、黒の金網付きのバン、といった感じで、どれが『輸送用』でどれが『ちがう』ものなのか、まったくわからない。 「大河っ!!」 首から下げた小型の衛星通信機から、アキラの金切り声。そしてエンジン音と破壊音がきこえてくる。 どうしようか、と迷っていると、 「許す、行け」 許可の形をとった命令、アキラの一言が大河の背中を蹴倒した。 「…おやおや、」 祭に上着を掛け、連れ出そうとしたとき、外からすさまじい音が聞こえてきた。 十数人の隊員達が一斉に振り向き、武器を構えて駆け出そうとしたのを、手だけで国後が制止する。そして薄く微笑むと、 「祭さん、ちょっと待ってて下さいね、」 声とともに、血まみれの空間からかき消えた。 とん、と国後が四階から真下の地面に、ごく軽く降り立つと、轟音とともに二台目の車が横倒しになったところだった。砂埃が舞い、風圧で、国後の紺色のネクタイがはためいている。 「人のものに噛みついてはいけないと、躾けられなかったんですか?」 その黄砂を無視して、国後は皮肉に語りかけた。 …視界が晴れた先、二メートルほどもある、巨大な灰色の狼に向かってである。 「悪い人のだからいいんですっ」 牙の間から舌を出して呼吸しながら、器用に、きっぱりと、大河は怒鳴り返す。 「それに噛みついてません、ぶつかっただけですっ」 うなりながら少し体勢を低くした巨大な狼に、しかし国後はかけらも慌てず、ゆっくりと答えた。 「私と一人でやり合うつもりですか? それとも、アキラさんにも、そういわれたんですか? ……もう、あなたはいらないから、と」 それを聞いた瞬間、大河の身体がびくりと震えた。 鼻に一気にしわを寄せ、目に殺気がこもる。唸り声が、だんだんと獣じみた狂気を帯び、国後に跳びかかろうとした瞬間、 「この痴れ者っ、誰がそんなことを言った!!」 首輪代わりの通信機からアキラの怒鳴り声が聞こえてきた。 「すぐに着く。おとなしく待っていろ! 国後もだ!」 そして、…言葉通り派手な音が裏門から響き、三十秒後には、二人の目の前に、アキラが不機嫌そうに眉をつり上げて立っていた。 「……国後、暇つぶしにうちの社員の古傷を抉るのはやめて貰おう、」 意外なほど小柄な身体に、獣型のまま大河がぐいぐいとすり寄ってくるが、そちらを見ようともせずに、アキラは国後を睨め付ける。 その言葉に、肩をすくめ、 「それは済みませんでした」 全く悪びれずに言う国後。 そんな彼の態度を、いつものことと、意識から切り捨てると、アキラは本題に入った。 「祭と、あの少女を渡せ。お前等にどんな大義名分があるにせよ、彼女を拘束する権利はない」 「少なくとも祭さんは、厚生省の管轄ですよ? 貴方も納得したはずです」 「まともな日常生活を送ることを条件に、だ」 腕組みをしたまま、笑顔魔神相手に一歩も引かない。 …大河だけは、完全に会話の外に取り残されていたが。 「そう。大事な、可愛い妹を戦闘に巻き込ませても良い、などとは、俺は一言たりともいった覚えはない、」 危険な目つきをして言う。 「ましてや、殺し合いなどは言語道断だ、」 そのアキラの言に国後が怪訝そうな顔をしたとき、突然、上空から一塊りの男女が降ってきた。 …正確には、とうっ!、というかけ声とともに落ちてきたのだが。 四階から舞い降りてきた彼らは当然のように質量に引かれて落下し、 しかし地面に到達する寸前で、地表との間に発生した、半球状の光の障壁により、三十センチほど運動方向を逆向きへと変えた。 男はそのまま器用に着地する。 アキラ達の後方2メーター程のところに小さなクレータがあいたが、誰も気にしてはいないようだった。 「悪い、兄貴、遅れちまった」 そういって、すたすたと雄飛はアキラの方へ歩いてくる。 無造作に、放心し、虚ろな瞳をした祭を抱えながら。 「…………、これは、なるほど、」 先ほどの発言はそういうことか、と国後は得心して、素直に感嘆した。 「すばらしい」 「……何も素晴らしくなどない。この馬鹿が、サボっていた付けを払っただけだ」 アキラは不愉快そうに鼻を鳴らすと、後ろを向いて祭に向き直り、彼女の様子を見て、その顔に沈痛な表情を浮かべた。 (済まない……) 祭に対し、心の中で呟くと、再び綺麗に振り返る。 鋭い目つきで国後を見たときには、彼の瞳は怒りで満ちあふれていた。 「国後。」 「はい、何でしょう?」 「……彼女を解放しろ。貴様等の目的などどうでもいい」 抑えた声だが、冷たい怒りと威圧感がアキラの全身から滲み出ている。 顔が整っている分、壮絶さが増していた。 その若さからは信じられない、常人の神経なら思わず気圧されるだろう、声。 関わらないのが一番と、雄飛と大河は祭をつれ、そそくさと後ろで静観を決め込んでいる。 しかし国後は軽く肩をすくめただけだった。 「目的をご存じなんですか?」 「…生まれてこの方、あの男と十二分に関わらされたおかげでな」 表情を変えぬまま呟くアキラ。 「奴の思考の推測くらいできるとも」 「う〜ん、それはすごい」 私には予測がつきませんのに、と本当に感心したように呟いて、国後はアキラににっこりと微笑んだ。 「では、抗ってみて下さい。楽しみにしていますよ」 そういって、そうするのが当たり前だ、とでも言うように、祭に向かって手を伸ばす。 「さ、行きましょう」 そして、のろのろと祭は国後の元へと歩いていった。 「…祭…」 何故、といった顔でアキラが言う。 しかし、止められなかった。それが彼女の意志だというなら。 アキラには止められない。止める権利などないのだ。……もう、我々は、本城は、充分すぎるほど彼女を傷付けたのだから。 今、目の前であんな事があっても、国後の元へ還るというなら、止められはしない。 大河も雄飛も、アキラの判断に口を挟むつもりはないらしい。 黙って見送っている。 「祭、俺は、……、」 困ったように笑い、もう一度だけ、アキラは語りかける。 「………俺は、お前に、幸せになって欲しいと思っている…、」 薄っぺらな言葉だと自嘲しながら、しかし、それはアキラの本心で。 「ごめん、なさい、……」 肩を抱いた国後と共にかき消えるとき、 答えた声は、細く、かすれていた……。 |