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 コラガカイナニイダクモノ  
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+ 10:鍵 +


   
「祭さん…、祭さん?」
「……」
「ちょっと、ここで待っていて下さいね」  
灰色のじゅうたんに、ソファとガラステーブルがあるだけの、殺風景な部屋。  体裁こそ見繕ってあるものの、部屋というより、檻であるのは間違いがなさそうだった。

 ごおぉぉん、と、妙に重い音をたてて、国後は扉を閉めた。
 奈古野市の中心部。本社ビルの地下五百メータ、地下鉄よりも深いところに、本城のF種研究所はある。
 壁紙やじゅうたんの下は、もちろん、あいだに何枚もの鉄板をはさんだ、分厚いコンクリートだ。
 こつこつと、足音を響かせ 、早足で歩いていく国後に横から声がかかった。


「国後さん。アーヌルス……、いえ、紅竜の方はどうしますか? 一応三重の隔壁で、保護房に入ってますが…」
「ああ、運搬が前提ですから、呪的防護をした箱を、…五重くらいにしておいて下さいね」
 立ち止まったのは、一瞬で、すぐにきびすを返すと、国後は報告のため、足を早めた。
主に報告だけして、早く向かわなくてはならない。
なにせ彼は、忙しいのだ。


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 ほぼ、同時刻。
 アキラ達もまた、奈古野へ戻ってきていた。
「ああ、違う!痴れ者!そこを右だ!」
 携帯を握ったまま、アキラは運転する弟…、雄飛に向かって怒鳴りつける。
 きゅるる、と言う音を立てて、青いスポーツカーが隣の車線へ滑り込み、後ろの車が不機嫌そうなクラクションを鳴らした。
大河だけが、えへら、と、後ろを向いて謝るあたり、この兄弟には常識が欠けているようだ。

「んだよ、凪の事務所じゃねえの?」
「違う!」
 愚弟の言葉に舌打ちをして、アキラは携帯の相手に、
「紀ノ川、ナビを」
と指示を出した。
 すぐに、ナビゲーションシステムが自動作動する。


「それで、他に私はどうすればいいんです?」
 携帯からは紀ノ川の声が聞こえてくる。「ヤれ」と簡潔に答えた答えたアキラの言葉に、
「…ああ、もう来てますよ。倒すんですか? 嫌ですねぇ、アキラさん。面倒くさいことは全部私に押しつければいいと思っているでしょう」
 返ってきたのは、あきれたような口調だった。


 そして、彼らがついたのは、何の変哲もない、白い外装の五階建てのマンションだった。
 明るく照明のついた、オートロックのロビーの向こうから、にこにこと、七歳ほどの少年が手を振っている。
 茶色の帽子に、茶色のリュックを背負った、一見して小学生だ。

「近野。大丈夫だったか?」
「うん!へいき」
 アキラの声に、彼…近野はうなずいた。そのままアキラの腕をひしっと握る。
「うしうし、何やったか俺にはよくわかんねえけど、よくやったな」
 雄飛も、わしわしとその頭をなでてやった。
 …ちなみに大河が近づこうとすると、こっそり身を引いた近野だったが。
 行き場のない大河の手が、宙に置き去りにされている。空気だけをむなしくなでていた。



 ロビーを抜け、廊下に出ると、…数人の男が倒れていた。
 全員が黒っぽいスーツに、サングラスである。男達の周り、床一面が濡れて、水たまりが出来ていた。
「…取り敢えず、入ってきたのは彼らだけでしたよ」
 携帯から響いてきたのは、つまらなそうな紀ノ川の声だ。
 床の水は、防犯装置にハッキングして、防火用の装置を作動させた後。
 こっそりマンションごと買い取ったアキラが、水圧を異様に高めておいたのだ。愛する祭のための、防犯強化の一環だった。
 それでも、通常外部からのアクセスでで何とかなるような部類ではない。


「んと、残りの住んでた人たちは、ちゃんとガス流しときました」
 右手を挙げて報告した近野の発言に、アキラはえらいぞ、と微笑み、エレベータのボタンを軽く押す。
 果たして彼の行動が、社会的に誉められるのかはともかくとして、近野はアキラに認めてもらって大満足だ。
 外見の通り幼い彼は、厚生省から助けてくれたアキラを、兄のように慕っている。


 他に呼ばれることもなく、暇だったのだろう。すぐに来たエレベータは、大きな二人と、アキラ、近野をつめこんで、最上階についた。

 そして、自然な動作でポケットから合い鍵を出すと、一番奥の扉をアキラは乱暴に蹴り開けた。



「ああ?! なんだおめえら…、つか、土足で部屋にはいんなよ!」
 突然の乱入者に、光輝が抗議の声を上げるが、彼は知ったことではない。
 どかどかと革靴のままフローリングを歩いていき、寝転がっていた光輝の前に仁王だつと、偉そうに言い放った。
「黙れ。ついてこい」
「てめえ…、帰れ。いますぐ帰れ。このシスコン」
「いいからついてこいと言うんだ、犯罪者」

 …実はこの二人、祭を巡って、心底仲が悪い。
 アキラが祭を見つけたときには、すでに彼女はこの男と暮らしており、もちろんこの男のホストという職業も、愛妹に対する態度も、アキラの気に入るところではなかった。

 それはもう、欠片もなかった。
 当然の形として、この男と別れて自分が引き取ろうと何度もアキラは足を運んだが、困ったように祭に首を振られ、
(二週間毎日同じやりとりを繰り返したあげく)アキラが譲る形になった。
 その際、祭がいないあいだに多少光輝を締め上げたこともあり(全治三ヶ月)、顔を合わせるごとに殴り合いに発展している。

 といっても、実力はアキラの方が明らかに上なので、腹立ち紛れに一方的に殴りつけているだけなのだが。
「やなこった。誰がてめえの言うことなんか聞くか。出ていきやがれ」

 しかしもちろん、この何年間も殴られ続けたことを、光輝は忘れるわけもなかった。
 上体を起こして、半眼でアキラをねめつける。
「いいから…」
 ごすり、とつま先に鉄板の入った革靴で取り敢えず蹴るアキラ。無表情なところが、少し恐い。
「ついてこい」
 げふげふと床を転がりながら、光輝が非難のうめき声をあげた。

「いや兄貴、そうじゃねえだろ。せめて説得とか説明とか…」
「時間がない。国後本人が来るとやっかいだからな。…もういい、近野、眠らせろ」
 玄関から見ていて、さすがに気の毒になったのだろう。
 雄飛の突っ込みが入るが、アキラはあっさりその言葉を切り捨てると、近野に向き直った。

 いつもの自分に対する態度との違いに、びっくりしていた近野だが、それでも
「はい、わかりました」
 とよいこのおへんじを返す。
 そのまま、ててっと光輝の目の前に出ると、右手をゆっくり招き猫のように動かしはじめた。


 一回、二回…。呆気にとられたようにその動きを見ていた光輝だが、繰り返すうち、いきなりがくりと頭が落ちる。
 あっという間の催眠だった。

 よしよし、とアキラが近野の頭を撫でてやり、大河に、運べ。とあごで指示を出した。
 ちなみに、近野も上がるときには靴を脱いでいない。アキラに習ったらしい。
「兄貴のまねしてると、ろくな大人になれねえぞー」
 笑いながら言った雄飛に、めずらしくアキラは黙ったままだ。
 よっこいしょ、と片手で光輝を持ち上げた大河が、えへらと訊いた。
「どうしましたー?しゃちょー?」
 いや、と床をながめながら、アキラが呟く。
「祭が掃除をするなら、拭いていった方がよいのだろうか…」
 …いーから、それは。と雄飛が言って、疲れたように一同は部屋をあとにした。


 

 

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