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 コラガカイナニイダクモノ  
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+ 5:真実 +



 一週間前。
 その日も、彼女は空を駈けていた。
 しなやかな体躯。漆黒のひずめは空を踏みしめ、たてがみが風になびいている。
 その姿は馬にも鹿にも似ていると言えなくもないが、雷を帯びたその額の角が、紛れもなく彼女が麒麟であることを示している。

 聖獣、麒麟。何者にも勝る圧倒的な力を誇る存在。それが誰かに従うことなどあり得るはずもない、の、だが。
 彼女は音もなく地上に舞い降りて、一台のバンの横、黒い背広の男の元へと歩いていく。



「お疲れさまです、祭さん」
 そういって国後は、ばさりと真っ白いシーツを彼女の上に掛け、前方を見やった。
 数十メートル先にはつい先程まで「車であった物」の残骸が、嫌なにおいと共に黒煙を立ち上らせている。
 中に爆発物が入っていたこともあって、全く原形をとどめていない。

「あの、ほんとうに良かったんですか?」
 後ろから声をかけたときには、彼女は既に人間の姿に戻っていた。裸にシーツを巻き付けただけの格好である。

「いいんですよ。どうせ偽物だって言ったでしょう? ああ、着替えは中ですから。急がないともう人が来ますよ」   
 振り向き、にっこり笑って国後は言った。
 それから、真面目な顔をして付け足す。
「他の人に、そんな素敵な格好、見せないでください」




 作業着を着た男達が、てきぱきと残骸をトラックに放り込み、地面の焦げ跡を消していく。
 あらかた作業が終わると一人の男が小走りで国後の所へ近づいてきた。

「物理処理は終わりました。五分後には道路封鎖も解かれることになっています。残骸はどうします? 研究所の方へ運びますか?」
「そうですねえ、まあ、一応、一度寄ってから捨てに行って下さい。スタッフの方でチェックだけすると思いますので」


 その言葉に、分かりました、とうなずいて、男は助手席に座っている祭をちらりと見て、続ける。
「……アレが一級F種ですか。自分は、初めて見ました。完全に人型にみえますが、本当に、完璧な纏異をするのですか? その、失礼だとは思うのですが、」

 すでにじろじろと祭を見ている男に、少しの嫌悪を感じながら、国後は答えてやった。本当は、こんな問いなど無視してしかるべきだったのだが、気持ちは、分かる。

「信じられない、と? まあそうでしょうねえ。あの外見ですから。でも、本当ですよ。彼女が日本で現存する、三体の一級F種の一体です」
「は、」
 そう答え、なおも男は祭を眺め回したあと、慌てて気付き、深々と礼をして去って行った。

「まったく、祭さんも有名になったものですねえ……」
 呟き、国後は運転席へと乗り込み、車を発進させた。




 ……こうして、アーヌルスだけが取り残された。
 聖獣の雷と数キロの爆発物に、かけらの傷も付くことの無かった、本物の封具アーヌルスだけが……。




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 眼下に灰色の町を見下ろす高層ビルの一室。豪奢だが、多少趣味の悪い机と椅子。壁に飾られた、無駄に高そうな絵画に、毛足の長い、真っ赤な絨毯。

 革張りの椅子の上、長身の男に、国後は丁寧に頭を下げた。
「……お待たせして、申し訳ありません」
 ばさりと投げ出された紙切れに目を走らせると、その男は満足気に頭を上下させた。


 五十代だろうか、紳士然とした風格に、いかにも人の良さそうな笑みを張り付かせている。
「いや、いい。政治工作とは時間がかかるものだよ。彼らには理解することも難しいだろうからね」
 言って、薄く嘲けりを顔に浮かべた彼に、総理を抱き込んでいれば当然でしょう、と思いながらも、そんなことはおくびにも出さず、国後は続ける。


「アーヌルスに取り付けた発信器は、予定通り順調に動いています。ただ……」
「ただ、なんだ?」
「エネルギー値の上昇が、あまりに早すぎます。予定を変更して、早めに運んだ方がいいかもしれません」


 目だけで先を促す彼に、肩をすくめながら国後は言葉を重ねた。
「今、『凪』の方へ真偽の確認を依頼していますが、どちらにしろ問題はないでしょう。計画が早まったのだと思っていただけれは結構です」
「アキラの方は、どうなっている?」
 凪、の一言に反応したのだろう。表情を変えないまま、瞳に愉し気な光を浮かべ、尋ねる。

「ご心配なく。すぐに貴方のところへ戻られますよ。お優しい方ですから」
「そうだろうな」
 普段は耳障りのいい言葉を紡ぐ、真摯そうな顔に、瞬間、透けて見えた残酷な愉悦から、国後はさりげなく目をそらすと、
「では、失礼いたします」
 一礼して部屋を出ていった。



 部屋の前で待っていた秘書に、にこやかに挨拶を交わして、廊下を軽やかに歩いていく。
(まったく、すばらしい方です)
 九百年生きてきて、なんと楽しいのだろうか。
(あの野心、行動力、価値観)
 なにせ、これぞ人間、といった趣が、行動にも言動にも満ちあふれているのだ。
 彼を見ていると、人間の原動力とは欲望なのだとしみじみと実感できる。
 そして、その欲望を実現させるだけの彼の能力。そして権力。



 役員専用の直通エレベータで一気に地上まで下りて、外へ出た。車に乗ろうとして、ふと後ろを振り返る。
「……ああ、本当に、楽しくなってきましたね」
 そびえ立つ、本城グループの本社ビル。
 下がっていた眼鏡を押し上げて、国後はぽつりと呟いた。

 

 

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