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かつて世界に動乱あり。【黒き災い】、人々を惑わし、世界を欲す。
かの魔女のため、国は乱れ、人は争い、世が絶望の果てにありし時、五竜を従え、白き英雄フォートラン現る。
雷の王・雷竜ハスケル、暗雲をはらし、大地を統べる者・地竜リスプ、争いを治め、焼き尽くす者・火竜パスカル、不浄を消し去り、これらを持つフォートラン、瞬く間に国々をまとめ上げ、長き戦いの末、黒き災いを封じん。
【繋ぎ止める物】グングニル、永劫に魔女を貫き、世に平和戻りぬ。
【白き覇王の伝説より】
1:水晶のナイフ
ミコがいるのは、校舎裏の茂みだ。
「みーこーちゃーん、どこいったのー? カバン忘れてるよお!」
「あはは、早く出てこないと、帰れないよお!」
放課後、笑い合いながら繰り返される叫び。ミコは両手で、真新しい制服のスカートを握りしめた。
どんどん声が迫ってくるのを感じて、目を閉じると、ミコは走り出した。
声と笑いのする方向とは反対へと、背をかがめ、影の中を必死で駆けていく。
教室で取られたカバンはもうあきらめて、何とか玄関まで行こう。そうしたら靴を履き替えて家に帰れる。
そう考えながら、ミコは涙ですっかり湿ってしまったそでで、顔をふいた。
校舎の植え込み沿いに走り、中庭についた頃には、ぜいぜいと息が上がってしまっている。
元々運動は得意じゃない。でも、あのままあそこにいたら、捕まってしまう。
(私が、何をしたって言うの)
中庭にある浅いタイル張りの池には、髪の毛がぐちゃぐちゃになった、みすぼらしい少女が映っていた。浮かんできた涙で、その姿もにじんでくる。
二年間必死で勉強をして入った、あこがれの私立中学。ここに来たら、全てが変わるんだと信じていた。
なのに現実は、小学校時代と何も変わらなかった。
もう一度、そでで涙を拭う。水を吸いすぎてまだらに色が変わっているのが、情けなかった。可愛い水色をベースにした服。けれどこの服を着て笑えたのは、入学式の日だけだった。
せめて水鏡で髪の毛を整えて、もう一度走り出そうとしたとき、その水面下に、ミコは不思議な物を見つけた。色鯉が泳ぐ中、こんな浅い水底にナイフが沈んでいる。
二十センチより少し長い、水晶で出来たペーパーナイフが、光を反射して虹色に光っている。短剣をもしたのだろう、流れるようなフォルムが魅力的だった。
(落とし物かな……、でもなんで、こんなところに)
水深は三十センチほどあり、ためらいなく手を入れるには少し深い。どうしようかと迷って、池の縁からのぞき込み、差し出しかけた両手を握りしめた。
それでも、あきらめるには魅力的な光が水の中に踊っている。
(腕をまくらないと、ぬれちゃうな)
そう考えたとき、遠くからまた 「ねえ、みーこちゃーんっ」という声がひびいてきた。反射的に、ミコの身体が固まる。
(逃げなきゃ!)
それだけが頭の中をしめて、ミコはあわてて水の中に手を入れた。そでがぬれるのもかまわず、右手で透明なナイフの柄を握りしめる。
そして……、走り出そうと振り向いたミコの目には、もはや中庭も校庭も、全てが写ってはいなかった。
見渡す限りの、闇。吸い込まれそうな暗さにおどろいて上を向くと、はるか遠くから光が射し込んでいるのが見える。
「な、なに……?」
思わず言葉を発して、こぽぽ……と口から泡が出たことに驚いた。
手を動かすと、まとわりつくような感じがして、ミコは、自分が水の中に浮いているのだと気が付いた。
(なんで? なんで?)
あわてて、めちゃくちゃに手足を動かす。
(私、泳げないのに!)
ごぼぼ、と口から空気が逃げていき、制服が重いのも構わず、ミコはひたすらに手足を動かした。しかし、進むというよりは、ただひたすらもがいているだけだ。
けれどばたついても、見えている光はちっとも近くならない。
(やだ、やだ誰か助けて! 死んじゃう!)
ミコが、がぼぼぼ、と最後の空気を肺から吐き出したとき、
『落ち着いて下さいませ……!』
頭の中に、声が響いた。
『苦しくはないはずです。どうか落ち着いて、わたくしの言葉に耳を貸して下さい』
口調の割に幼い声が、なだめるように語りかけてくる。
(だれ? ねえ、助けて!)
『その水は、息をすることが出来ます。気をしっかりと持ち、大地にいるのと同じように、息を吸ってみて下さい』
言われるまでもなく、ミコは思いきり水を吸い込んでいた。肺の中の空気を全部出してしまって、もうそうするより他になかったのだ。
しかし、やってきたのは、水の息苦しさや鼻の痛みではなく、ほんやりとした心地よさだった。そこでミコは、ようやく手足をばたつかせるのをやめた。
確かに落ち着いてみると、闇の中での不思議な浮遊感は、少し居心地が良いくらいだ。
『良かった。落ち着いて下さいましたか?』
そこに、ほっとしたように、あの声が降ってきた。
(はい、……)
なんとなく、ミコはひざを抱えて答えた。水にゆらゆらとスカートの裾が揺れて、足に当たる。
『ようこそおいでくださいました。チェンジリング。いろいろと疑問もございましょうが、まずは水から、お上がり下さい』
その声にミコは顔を上げると、今度こそゆっくり水をかいて、光に向かって進みだした。
お上がり下さい、というからには、上へ行けば良いんだろうという判断だ。
手を水にそよがせながら、足だけで上へ上へと昇っていく。ぽつんと見えていた光はすぐに丸い形になり、そして進むにつれて、ゆらめく水面へと変わっていった。
目を閉じて、それでも水面におどる光をまぶたに感じながら、ミコは足を動かした。まるで人魚になったみたい、と思いながら。
そのまま光に包まれた水面にたどり着いた。真っ白い縁に上半身をあずけて、ミコはけほけほとむせこむ。
水の外は、教室より少し大きいくらいの部屋だ。床一面が白い石のタイルが敷き詰められているうえ、壁も天井も漆喰のように白い。見上げた天井は、体育館みたいに高かった。一面の白の中に、ミコが上がってきた、深い深い水をたたえた、丸い池だけがある。
水中から出ると、とたんに身体を重く感じてしまった。けれどいつまでも水につかっているわけにもいかない。ぐったりと、白い床にはい上がり、はじめてミコは右手に握りしめたままのナイフに気が付いた。
(こんなものを持ったまま、あがってきたんだ)
水中で暴れたときに、良く手放さなかった物だと思う。
そうやって床にころがったまま、じっと手の中のナイフを見つめていたミコを、一つの人影がのぞき込んだ。
「ねえねえ、大丈夫?」
ふいにかけられた声に、思わずミコは目を見開いて、その人影を見つめた。
「あれ? アタシのコト見えてる?」
手をぱたぱたと目の前で振る仕草には、何も不思議なことはない。まっ赤な髪の毛をポニーテールにして、変わった赤いチョッキに、赤い巻きスカート。のぞき込んでいる瞳も、きれいな緋色。けれど、ミコが驚いたのは、その人影の大きさだった。
思わず、上体を起こし、下を見る。手を振る彼女の身長は、どう見ても二十センチほどしかないのだ。今はミコを見上げる形で、にひひ、と笑った。
「あのね。アタシ、ルビーっていうの。よろしくね、チェンジリング」
そういって差し出された人形のように小さな手を、、ミコは目を丸くしたまま、優しく握りかえした。ミコの指先のほうが、ルビーの手の平よりも大きいくらいだ。
「さ、いこう。姫様が待ってるんだよぅ」
全身の赤と対照的に白い歯を見せて、ルビーが笑う。そしてそのまま後ろを向き、歩き出そうとした。
「あ、あの」
「ん? なあに?」
座り込んだままのミコがあわてて呼び止めると、赤い髪をなびかせて振り向いた。
「さっき助けてくれたの、ルビーさん……なんですか?」
「ううん。さっきのは、姫様。アタシはあそこで待ってただけだよぅ」
そういって、ててて、と歩き出す。小さい分、一生懸命早く足を動かしているようだが、それでも後を追ったミコが歩くより遅かった。
立ち上がってすぐに、ミコは不思議なことに気が付いた。服にも髪にも、少しも水滴がついていないのだ。それどころか、涙で濡れていたはずのそでも乾いて、くしゃくしゃだった髪は、ドライヤーをかけたみたいにふんわりしていた。
一瞬、池を振り返ったけれど、ルビーを追いかける方が先だ、と思い直して、ミコはそのまま歩き出した。
握ったままだった水晶のナイフは、迷った末にスカートのポケットに入れておく。柄のほうを下にしてあるので、そう簡単に転げ落ちたりはしないだろう。
周りに同化するような白い扉は、高さが三メータほど。その扉は、ルビーの目の前で静かに開いた。
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written by kurage
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